イヤイヤ期にとことん向き合う

いつまで続くのイヤイヤ期

*

~アドラー流子育ての衝撃~ 課題の分離に取り組むことに決めた日

   

またまた、わけのわからない話しになります。

詳しく書けないのがもどかしいのですが、去年から自分を見つめ直し他人軸ではなく自分軸で生きようと誓いました。簡単に言うと「人がどう思うか」じゃなくて「自分がどう思うか」を追及して生きていくのです。なんでそんなことになったかは、いつか詳しく書けるかと思います。

自分軸で生きる。今まで賞罰式の教育を受けてきた私にとっては、とても勇気のいることでした。賞罰式の教育って、他人がどう思うかを軸にしてるからね。

ものすごい自堕落な人間になってしまいそう…とか。

え…あなた、もともと自堕落でしょ (心の声)

そ、そうね…

その結果、自分で起こしたことの責任が全て自分にくるようになった。自分が決めて行動しなきゃ何にも起きないし、よくないことが起きてもそれは自分の責任。人にすすめられてもやりたくないことはやらないから、自己責任しかなくなる。

超いいじゃん!快適!!人生の楽しさがハンパじゃなくなりました。まじで。

しかし疑問だったのが、子育てってどう対応すればいいの?ってこと。

基本、私のやりたいことと、娘のやりたいことは違うからね。

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アドラーはやっぱりすごかった

みなさんNHKの「100分de名著」って番組知ってます?最近知って見ているのですが、アドラー特集だったんですよ。アドラー知ってます?知らない人はすいませんが、グーグル先生に教えてもらってください。笑

(ちょっと今日は駆け足でいきます。)

今本屋にはアドラー関連の本があふれてます。「嫌われる勇気」が一番売れてるかな?その著者の岸見さんがナビゲーターをされてました。

アドラーの基本理念みたいなものはなんとなくわかっているつもりでいたのですが、この番組で全容を知りました。すでに自分軸で生きる、自分が見ている現実は自分が見ようとしている側面しか見えていない、という劇薬を知っている私にとっては、ふーんという感じなんですが、触りだけお伝えすると

アドラーの著作には、私たちの常識へのアンチテーゼにあふれている。私たちにとって客観的な世界などなく、全て色眼鏡を通してしかみることはできないという「認知論」。トラウマや過去の体験に支配されているという原因論は誤りで、人間は、目的を変え過去を意味づけ直すことで人生を変えることができるという「目的論」。変えることが困難だとされる「性格」をもっと柔軟なものと捉え、いつでも選び直せると考える「ライフスタイル論」。アドラーの思想は、いつでも「この瞬間」から人生を変えることができるというポジティブな人間観に貫かれているのだ。第一回は、アドラー心理学の基本概念を学ぶことで、私たちの常識的な見方をひっくり返し、人生や幸福についての考え方をシンプルに転換する。

ー100分de名著 第1回 人生を変える「逆転の発想」の内容説明よりー

わけがわからん、という感じの方もいるでしょうが、私にとってはもはや常識という感じです。

で、前回の放送で、「課題の分離」をやっていました。

番組の中に、進路で悩む女子高生とその母親が出てきます。女子高生は美大に行きたいと思っているが、親の期待に背くのが怖いので言えない。勇気を出して伝えると母親が飛んできて私の娘に余計なことを吹き込むなと怒る。美大なんかに行っても才能があって食べていけるのは一握り。娘にはそんな苦労させたくない、と。

そうするとアドラーは言う。

「全くもって課題の分離ができていませんね」と。

美大に行って苦労するかもしれないのは、娘の課題。だから放っておくべきだと。

あー、そっか。と急激に腑に落ちたわけです。私と娘のやりたいことが違って、それでいいんだ、と。

人の感情は雨みたいなもの

番組の中で興味深かったのが「人の感情は雨みたいなもの。傘でよけることはできるけど、雨そのものを止めることはできない」と言っていたこと。

長女モモが月曜日の朝必ずこう言う。「保育園に行きたくない」と。

でもこの感情があると認めなきゃいけないんだと。それを私が解決できるわけがないし、モモがそう感じるんだからそうなんだろう。現実問題、今のモモに家に一人で残るって選択肢は不可能なわけだし、行ってもらうことになる。それは私の事情。でも行きたくないって感情を否定しなければいいんだと。

もうちょっと大きくなって学校にいかないとか、勉強をしないとかそういう選択をモモがしたとしても、その責任はモモに全てふりかかるわけだから、私はアドバイスをできるだけ、決定権は全てモモにある。急激に気が楽になったところもあるし、だ、大丈夫かなと不安になった部分もあるわけなんだけど…

子育てって私が思っていた以上に、楽しくて、でもガチンコで、大変なんだろうと思った。

「嫌なこともやらなきゃいけないよ」の不条理

私が自分軸で生きることを決めた時に、生きていくのが非常に楽になった。

私が鬼のように刷り込まれてきた「嫌なこともやらなきゃいけないよ」とか「生きていくのは大変なことよ」とか「苦労しなきゃお金を得ることはできない」って言葉に非常に違和感を感じるようになった。でも何が違和感なのかよくわからなかった。

しかしこのテレビを見ていて、納得した。

「嫌なこともやらなきゃいけないよ」って子育ての下手な言い訳なんじゃないのかなと思う。親や先生が子どもを統率するための。

だって不条理だもん。なんで嫌なことやらなきゃいけないのよ。

「学校いきたくない」とか、「勉強したくない」とかに対して、「将来苦労するよ」とかなんとか言いまくってそれでも立ち行かなくて最後にでてきちゃう言葉なんだろう。

なんたって私がそうだから笑

保育園いきたくないーーーー!!って言われて、最後にはこの言葉が出そうになるよね。てかこの言葉で片付けば楽だよね。だけど言わない。と決めた、さっき。私の事情に付き合わせてるだけなんだわ、きっと。感情を受け止めて、事情を話して、あとは保育園に置いてくるしかない。

コミュニケーションがすごく大事なんだなと再発見した。モモやささみと課題の分離ができるよう、取り組んでいこうと思う!

でも一緒に見ていた夫カタくんは納得いかないもよう。全面戦争勃発か!?

岸見先生が出している子育て本、早速ぽちりました。届いたらレビューします。

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